曲突徙薪(きょくとつししん)第10号

景気ウォッチャー調査

 政府が公表する景気動向に関する経済統計にはさまざまなものがありますが、そのなかでも、景気の先行きをよく表す指標として投資家から注目されているのが、内閣府が毎月実施している「景気ウォッチャー調査」です。私も、企業の倒産動向を予想する際に大いに参考にしていますが、今日はこの指標の見どころを紹介したいと思います。

(Image by Image by Jacques GAIMARD from Pixabay)

 景気ウォッチャー調査は、経済企画庁長官も務めた作家の故堺屋太一氏が「景気動向を早期に把握する」という実践的な目的で考案した経済指標です。タクシー運転手、レストランスタッフ、工場労働者といった民間の経営者・従業員に調査員の役割をお願いして、毎月の景気動向を「良い」「やや良い」「どちらとも言えない」「やや悪い」「悪い」等の5段階で評価してもらい、これを内閣府が毎月集計して公表しています。現場の生の声が反映される具体性や、翌月上旬には公表になる即時性から「最強の経済指標」と呼ぶ市場関係者もいます。調査結果は、0から100の間をとるDI(diffusion index)という数値で公表されます。これは50を基準として、50を上回ると「良い」「やや良い」が多く、50を下回ると「悪い」「やや悪い」が多いことを表します。大雑把に言うと、全員の答えが「良い」ならDIは100に、「悪い」なら0になる仕組みです。

 この最強の経済指標は、毎月10日前後に内閣府のWebサイトにて公表されます。サイトではDIの時系列データを記載したExcelファイルのほかに、時系列データの集計結果、調査員のコメントなどを取りまとめたPDFファイルを見ることができます。

 景気ウォッチャー調査のDIを読み解く際には注意すべき点があります。一般的なDIの計算方法によると、50を標準として、それを上回れば「良い」あるいは「良くなっている」、下回れば「悪い」あるいは「悪くなっている」と答えた人が多かったことをあらわします。したがってDIを読む際には、それぞれがだいたい半分ずつ登場することを前提として、つまりDI=50を基準として、いまが上向きなのか、下向きなのかを判断することになります。たとえば代表的な経済統計として知られる、日銀短観のDI(大企業・製造業・現状)を見ると、1974年以降で上向きの割合は55%(横ばいを含む)になっています。ところが景気ウォッチャー調査の場合、下向きに大きく偏る傾向が顕著に見られます。2002年1月の公表以降、DI(現状判断・合計・季節調整済み)が50を上回った月は、全体の28%しかありません。つまり、景気ウォッチャー調査の調査員は総じて悲観的と言えます。なお、例外的に楽観的なのが沖縄県の調査員で、同じ期間で50を上回った月が6割にものぼります。景気ウォッチャー調査を見るときには、このような指標の「クセ」を頭に入れておく必要があります。

 図表は、過去5年間の現状判断DI、および先行き判断DI(いずれも総合、季節調整済み)の推移をあらわします。直近9月の数値は現状判断DIが49.9、先行き判断DIが49.5で、いずれも50を下回りました。これを受けて、たとえば11日の日経新聞は「好不況の分かれ目となる50を8か月ぶりに下回った」と報じていますが、先述の通り景気ウォッチャー調査のDIには、強い下方バイアス(偏り)が働いています。むしろ50を超えていた直前までの7か月が過度に強気だったのであって、国内の景気は平時に比べて決して悪いということはなく、むしろ好調を持続しているものと考えたほうがよいでしょう。参考まで、2023年8月までの260か月間のデータによると、総合DIの平均値は45.1、中央値(小さいほうから数えてちょうど真ん中の値)は47.1でした。

現状判断DIおよび先行き判断DIの推移(2018年9月〜2023年9月)
(出所)内閣府「景気ウォッチャー調査」より筆者作成

 また、2020年春以降のコロナ禍の時期に目を向けると、DIが3か月から6か月サイクルにて大きく振幅しているのがわかります。時系列で見ると振幅の比較的少ない指標であり、この動きはとてもめずらしいことです。この当時の動きは、新型コロナウイルスの感染者数の動きとおおむね一致しており、人々が感染者数の報道に一喜一憂し、それが消費行動にあらわれる状況を見事に示しています。このように景気ウォッチャー調査は、景気という言葉にあらわされる人々の「気持ち」をうまく数値化した、とてもよくできた経済指標と言えます。